トップページへ


    意訳

 前々からランボォの詩などの訳を、自分の好きなように、勝手に解釈して楽しんでいたのですが、いざ本格的に打ち込んで仕上げてみると、これがなかなか上手くゆき、作っている過程も楽しめたりします。本として出されている訳者の方々には申し訳ないのですが、やはり詩を嗜むものとしては、いささかその訳には詩的さが物足りなかったりするわけです。
 例えば中原中也などは、ランボォの「黎明」あるいは「夜明け」という詩に於いて、原詩だと「私は夏の夜明けを抱きしめた」としか書いていないものを、「夏の夜明けを抱きしめて、気が遠くなった」と詩文を付け足して訳しています。これは実に上手いと感じます。
 小林秀雄の訳には、それこそ文句はないのですが、これを堀口大學氏のものと、うまくコラージュさせたり、自分の解釈で、まるっきり変えたりしてゆくと、また違ったランボォの詩の魅力が伝わるのではないかと考え、ここに書き込む事としました。
 これらは、原詩を私が訳したものではなく、訳者が訳したものを、更に私が意訳したものであり、フランス語の詩集を持ってはいるのですが、どうせ訳しても、たいしてその意味に差異はないと感じるので。
 原詩どおりの訳が書かれてあるものは、すでに出版されてますし、私が翻訳するとなると、原詩の忠実なる訳というものにこだわってしまいそうで、それでは意味がなくなるわけです。それに、そこまでやろうというフランス語力も、やる気もないですし。いわば、原作ランボォ、脚本小林秀雄他、演出は私、といった所です。
例によって、一度書き込んだものを、書き直したりしますが、それもまたある意味、私の中で、日に日に熟成されていく言葉を選んで、書き換えたりできるのではないかと感じたりします。
 興味が湧いた人は、もともとの訳者の本なりと、見比べてみると、結構面白いかもしれません。
 ランボォの詩は、小林秀雄、堀口大學、宇佐美斉、青土社から出版されている『ランボー全詩集』から、分担、共同執筆されている、平井啓之、湯浅博雄、中地義和といった方々の訳を参考にして、意訳しています。時には、ほとんどそのままコラージュしている場合もあったりします。
 こういうことをしたら、怒られるのではないかと思うのですが、商業ベースに載せているわけでもなく、あくまでも「言葉遊び」に過ぎませんので、まあ、本当に存命の訳者の方々に怒られたら止めますが、どうかひとつ寛容である事を祈りつつ、ではでは。

 


アルチュール・ランボォ


 「永遠」 「酔いどれ船」 「幸福」「或る理性に」 のコラージュ

もう一度見つけた。 ・・・? 永遠を・・・。
それはのた打ち回りながら、海に身を投げ出した太陽だった。
その前後――俺は見た! 不思議な恐怖に染まり、紫色に凝固した光を放つ、低く、うねり連なる太陽を!
そうして、俺はまた凝りもせず見てしまう。
幻惑された雪が、新緑の夜の彼方へ。すなわち、たゆまない海の眼差しへと溢れ出る接吻を。
恐るべき気力への回遊を。もの歌う燐光が、黄金と青とに目覚めるを!
あぁ、季節よ憧れよ、誰か心に傷を知る。
人間的な願いから、人並みの幸せから、
魂よ・・・、
つまり、お前は脱却するという。
永遠の奥から現れて、お前はどこまでも行くのだろう。


       ***


 「酔いどれ船」

非情なる大河を下り下って行くと、船曳き達の舵に、自由を奪われる感触は、もはや感じなくなった。
雄叫びを上げるインディアンが、船に乗り込んで来て、色とりどりの支柱に、船曳き等を裸のまま釘付けにし、次々に弓矢を放って殺してしまったからだ。

フランドルの小麦や、イギリスの綿花を運ぶ俺は、乗員の事など、どうでもよかった。
やがて、船曳き達が全員死ぬと、ようやく喧騒も収まり、赴くままに大河を下って行った。

或る冬の季節、俺は狂おしいばかりの嵐の中を、子供の脳髄よりも我がままに、海上を疾走していた。
大陸から解き放たれた列島も、これほどまでの勝利と誇りが入り混じった混沌を経験した事はないだろう。

白きスコールが、海上で目覚めた俺を祝福してくれ、コルクの栓より軽々と、大波の上で俺は踊った。
遭難者を永久に漂流させる荒波の上を、十夜、波止場の眠たげな幻灯にも心奪われずに。

子供達が欲しがる、甘酸っぱい林檎よりも、なお甘美で、エメラルドのような海水が、俺の樅で出来た船体に染み込み、安物の葡萄酒や嘔吐の跡を洗い流し、やがて、舵も錨も俺から奪っていった。

そしてついに、俺は身を委ねる事が出来たのだ。
何億光年からの光を浴び、銀河のような乳白色に輝き、空の青をひたすら貪る、群青の詩に!
そこには時折、恍惚に蒼ざめた思わせぶりな死体が流れてゆく。

またそこでは、太陽が狂乱のもとに、ゆるやかなリズムが波打つ青海原を染め上げ、アルコールより強く、我が竪琴の旋律よりも巨大に、愛の苦い唇が成長するのだった。

俺は知っている。稲妻に引き裂かれる空を。竜巻逆巻く潮流を。
俺は知る。夕暮れの終りを。鳩の群れのように舞い上がる夜明けを。
そして、人間には信じる事ができないものを、この目で見るのだ。

そう、俺は見た! 不思議な恐怖に染まり、紫色に凝固した光を放つ、低く、うねる太陽を!
遥か遠くで、騎士達の鎧のような大波を、身震いしながら引きずっていくさまを!

俺は夢にまで見た。幻惑された雪が、新緑の夜の彼方へ。すなわち、たゆまない海の眼差しへと溢れ出る接吻を。恐るべき気力への回遊を。もの歌う燐光が、黄金と青とに目覚めるのを!

俺は季節が変わっても、ヒステリックな牛の群れのように、暗礁へと襲い掛かる大波を追う。
その時点では、マリアのまばゆいばかりの白い脚が、息を荒げた大海の鼻面をかすめとり、大波を鎮めるとは思いもしなかった。

俺はぶつかった! いきなり現れたフロリダ半島。半神と化した豹の眼に、妖しき花々が映り込むそのすべて。
水平線の元へと、緑なす草原になだれ込む野獣の群れに、七色の手綱を掛けるが如く、虹は架かり、その虹へも、俺はぶつかったのだった。

俺は見る。異臭を放ち、泡立つ巨大な沼に罠が仕掛けられ、一頭の巨大な獣レヴィアタンが、藺草の中で絡まり、腐り果てているのを。
大凪の最中、海水は割れ、遥かに遠く深淵に向かって、景色は滝のように崩れ落ちる。

氷河、白銀の太陽、真珠を洗う波、赤めのうの空。
褐色の入り江の奥には、座礁船が無残にも口を開けて待っている。死して、猛烈な匂いを発し、体中に虫が蠢いている大蛇が、ねじれた樹から滑り落ちてくる。

子供達に見せてやりたかった。青白い波間の鯛や、金色の鱗が衝突し合う魚の群れ、あの歌唄う魚達を。
――水泡に帰す花々は、俺の漂流をやさしく揺らし、この世のものとは思えない風が吹き、俺に翼を与えてくれるのだった。

時折り聞こえる海のすすり泣きは、やがて甘美な音楽に変わり、俺をふらつかせる。
極地にも熱帯にも倦み疲れ、殉教者に成り果てたこの俺に、ブロンドに輝く花粉を引き連れた影が取り囲む。
そこで俺は、跪くマリアのように、じっとして動かなかった。

それはまるで、天空に漂う島のよう。
琥珀色の目をした、やかましい鳥達が、そこで争い、糞を落とすたび、かすかに揺れた。
それからなおも漂流は続き、俺の腕のような細綱をかすめて、水死体は深い眠りにつくように、後方へと流れ沈む。

俺はというと、ハリケーンによって、鳥も住まない大気圏外に舞い上げられ、入り江のサルガッソーに縛られた、憐れ無残な船となる。
サルベージであろうと、ハンザ帆船だろうと、海水に酔いどれたこの俺を、助け出そうとはしないだろう。

自由気ままなものだ。煙を吐きながら、すみれ色の霞も乗せ、俺は赤く染まった壁のような大空に、風穴を開けていた。
その壁には、世の詩人どものお好きなジャムである太陽の苔や、青空の鼻水がこびりついている。

俺は再び走り続けた。電撃的な流星のように、黒き海馬に守られた、怒り狂った船となって。
時は七月。群青の空は、棍棒を振り回したような太陽光が滅多打ちにし、沸騰する漏斗となって崩れ落ちた。

五十マイルも離れた彼方に、盛りのついた怪獣ベヘモットや、メイルシュトロームの唸りを感じ、俺は戦慄を覚えた。
青き無限の大海原を、永遠に疾走するであろうこの俺は、昔ながらの胸壁に囲まれたヨーロッパが懐かしい。

俺は見てしまった。星々に群れ広がる島宇宙を。その、錯乱に満ちた島々は、大航海者に、己が胸の内をさらすのだ。
――お前が眠り、身を隠すのは、底知れぬこの夜のうちにか。
百億の黄金鳥達よ! あぁ、未来の力よ!

それにしても、俺はひどく泣きすぎた。暁は胸をえぐり、月はいつにも増して惨く、太陽はあまりにも苦い。
刺激的な愛に身を費やした日々、俺の体は陶酔しきってしまい、麻痺してしまった。
おぉ、竜骨よ砕け散れ! 俺は海の底へと、この身を沈めよう!

かくいう俺が、もしも今、ヨーロッパの水を求めるならば、それは冷たく湧き出る、黒く透き通った森の泉。
そこには、静かに満ちた木々の香り漂う夕暮れに、悲しみにうずくまる少年が一人、五月の蝶に似た小さな舟を浮かべている。

あぁ、打ち寄せる波よ、お前の憂鬱さを理解するに至っては、綿花を運ぶ船の航跡を追って行く事も、自慢げに揺れている、炎のような旗を横切る事も、朽ちた軍艦の恐ろしい監視をくぐり抜ける事も、もはや俺には不可能だ。



 〜「酔いどれ船」の意訳について〜



       ***

イリュミナシオン


 「大洪水後」

大洪水の混乱した記憶も、ようやく落ち着いた頃、一羽の兎が、岩扇とゆらめく釣鐘草との間に足を止め、蜘蛛の巣越しに、虹の橋へ向かってお祈りを捧げた。
あぁ、人見知りの宝石達、――早くも、じっと様子を伺っている花々。
薄汚れた大通りには、肉屋等の店々がそそり立ち、人々は、緻密な銅版画を見るような、遥かに高く、幾重にも重なり合う海を目指して、それぞれに小舟を漕いで行くのだった。
血が出た。青髭にも、――屠殺場でも、――サーカス小屋でも。そこかしこの窓は、神の印で蒼ざめた。血と牛乳が流れた。
ビーバーは巣作りに忙しかった。マザグラン・コーヒーが、小さなカフェで冷気を立てた。
水滴おびただしい総ガラス張りの大邸宅では、喪服姿の子供達が、不思議な絵を見つめていた。
扉が音を立てた。すると、街の広場では、銀色の大雨の下、風見鶏や教会の鐘の合図と共に、子供が手を振っていた。
××婦人は、アルプス山中に、ピアノを備え付けた。寺院の幾千万の祭壇で、ミサが行われ、婦人は受胎告知を受けた。
隊商は旅立った。極地の氷塊と白夜の混沌の最中、壮麗なる宮殿が建てられた。
以来、月は、ハーブの匂い漂える砂漠で、金狼の鳴く声を聞いた。果樹園では、木靴を不満げに踏み鳴らしたような牧歌が流れていた。
やがて、すみれ色の大樹林に芽は萌えて、ユーカリの樹が私に、「春ですよ」と告げた。
湧きあがれ泉よ! 橋を越え、森を越えて、泡立ち逆巻け!
黒マントもオルガンも! 稲妻も雷鳴も!
高まり、響き渡れ! 水と悲しみを連れて。
再び大洪水を、甦らしてくれ!!
――というのも、洪水が引いてしまってからは、あぁ、秘密の影に怯えている宝石達よ、狂気のごとく咲き乱れる花々よ・・・、これはもう退屈というものだ。
しかも、女王。いや、何も入っていない壺の中から、煙を湧き立てる魔法使いは・・・、自分には解るが、人間には理解出来ない言葉を、わざわざ教えたくもないだろう。



 「王権」

ある聡明な朝に、とても穏やかな人々が住む世界で、目の覚めるように美しく、完璧な男と女が、大広場で叫んでいた。
「皆さん聞いて下さい! 私はこの人を王妃にしたいのです!」「私は王妃になりたいのです」女は微笑み、空を見上げ震えていた。
男は人々へ、啓示や既に終りを告げた試練について語っていた。二人は抱きしめ合い、気が遠くなった。
事実、二人は王であり王妃だった。
街中に、真紅の幕が高く掲げられた午前も、二人は王であり王妃だった。
棕櫚の庭園へと進む午後も、二人は王であり王妃だった。



 「或る理性に」

お前が腕を振り上げ、ドラムを一叩きすれば、音という音が放たれ、新しい音楽が始まる。
お前が一歩踏み出せば、新しい人々は決起し、前進を始める。
頭を右に回せば、新しい愛だ! 左に回せば、新しい世界だ!
「僕達の運命を変えておくれ。僕達に災いをふるっておくれ。まず、時間というやつをどうにかするんだ」と、子供達がお前に唄うのだ。
「私達の希望と運命の真実を、どこへでもいい! 解き放ってくれ!」と、人々はお前に求めている。
永遠の奥からやって来て、お前はどこまでも行くのだろう。



 「陶酔の午前」

あぁ、俺の「正義」、我が「美」よ。恐ろしいまでの音の洪水に、俺は決してよろめいたりはしない。夢幻なるかな拷問台。前代未聞の大事業と、鍛えられた肉体に喝采を送ろう。それは子供達の笑いで始まり、また子供達の笑いで終る。音楽が遠ざかり、俺達が現実に帰る時が来ようとも、この魔薬は、俺達の血管の隅々まで残るだろう。あぁ、責められる事がふさわしい俺達だ。新しく創造された俺達の、肉体と魂との超人的な約束を、熱狂しながら奪い去ろう。この誓い、陶酔、優雅、科学、そして暴力を。そう、俺達は再び約束されたのだ。二人の極めて純粋な愛を育む為に、善悪の木を闇に葬り、横暴なまでの正直さは追放してもらう事を。それらの行為は、嫌々ながら進行していったが、――永遠を即座に捕らえる事が出来なければ、――ただ、香水の錯乱した芳香に終るしかない。
子供らの笑い声、慎み深い奴隷、乙女の戒律、実存と物質への嫌悪、ここに夜を徹した思い出となって、離れ離れになるがいい。その瞬間は鈍感にも、不器用な態度で始まりを告げ、今まさに、炎と氷の天使となって終焉するのだ。
ささやかなる陶酔の聖なる夜よ。それはどうやら、お前が俺を思いやってくれた偽りの時間だったとしても、神聖な夜だったのだ。手段よ、お前は正しい。昨日、お前が俺に向かって、賛美してくれた事実を忘れはしまい。俺達は破滅するまで信じている。いつの日か、この命を洗いざらい投げ出す事を知っている。
今こそ、刺客達の時代である。



 「都市群T」  (解説有り)

近代の野蛮的な野心によって膨れあがった構想のもとに、公共施設が高台へとせり上がり、様々に立ち並ぶアクロポリス。灰色のまま動こうとしない空から滲み出る日の光、皇帝のごとくふるまう建造物の輝き、そして、地上から消える事のない雪。これらの前には沈黙するしか術がない。巨大さを求める野望に基づいた、見事なまでの古典的建築物の再現。俺は、ハンプトン・コートの二十倍はあろうかという会場に飾られている絵画の群れを観て回る。驚くべきものだ。ノルウェーのネブカドネザル王のような人物が、各省の階段を築かせたに違いない。俺が出会った役人達も、梵天より尊大に振る舞い、建物の番人や管理者達の巨像じみた姿には震え上がってしまう。
建造物を寄り集め、広場や中庭は突出した高台に形成された為、御者などは全て締め出されている。公園は、奇跡的な技術により、原始のまま自然に溶け合い、方々へ散らばっている。山の手の方には、いくつか不可解な場所がある。船が停泊してない入り江、巨大な灯台が立つ埠頭と埠頭との間には、青い霰が浮いたような海面が波打っている。断絶された短い橋は、聖礼拝堂のドーム下の道に通じ、そのドームは鋼鉄を精密に組み合わせ、直径はおよそ一万五千フィートもある。銅製の歩道橋か高台のテラス、或いは広場や列柱に取り囲まれた大階段などの然るべき地点に立てば、この都市の深みが実感できるのではないかと思い悩ませる程の到底理解し難い驚異だ。アクロポリスよりも高かったり低かったりしている地区の標高は、いったいどうなっているのか。現代のよそ者である俺には、分かる筈がなかった。
商業地区は、統一されたスタイルの円形広場になっていて、そこからアーケードが、複数に渡って方々へ長く伸びている。店舗は見えない。馬車道に降り積もった雪は踏み荒らされ、ロンドンの日曜日の朝に、ちらほらと見られる散策者のような成金富豪どもが、ダイヤモンドで出来た乗合馬車の方へゆっくりと歩いて行く。その先には、真紅のビロードを張った長椅子が散らばっていて、八百ルピーから八千ルピーまでの値が付いた極地の飲み物が揃っている。この円形広場で、劇場を探してみようかと思いついたが、サロンのようなものしか無く、きっと危険な罠が待ち構えていると考え、やめる事にした。警察もあるだろうとは思うが、法律など風変わりなものであろうし、歴代の猛者達の真似をする事もあるまい。
都市の郊外は、巴里のシャンゼリゼのように優雅で、きらめく風に色を撫でられ、デモクラシーを掲げる者達は百名あまり。田園風景は消えそうで、洋館はまばらに、原生林の遥かに見渡せる霧に包まれた境界線は伯爵領まで続き、野生的な貴族達が創造した光の下に、その年代記を奪い去る途方もない森林と農場との、永遠の西を占めている。


 「夜明け」

俺は、夏の夜明けを抱きしめた。
宮殿の門には、まだ、人々の気配はなかった。水は死んでいた。森に居座っていた影達は、その道から動こうとはしなかった。俺は歩いた。生暖かい、それでいて鮮やかな森の空気が胸に入り、俺の全身を目覚めさせたからだ。すると、宝石達が目を見開き、鳥の群れが音もなく舞い上がった。
俺が最初に企てた事は、蒼白な青き光が満ちた小道で、一輪の花に愛を告白させる事だった。
俺は樅の林を見透かして、髪を振り乱したブロンドのワッセルファル(滝)に微笑んだ。すると、銀嶺に女神が出現した。そこで俺は、彼女が身に着けていた透明なヴェールを、一枚一枚剥がそうとした。そして、両手を振りながら林道を抜け、平原を過ぎてから彼女の事を雄鶏に言いつけてやった。街に出ると、大聖堂やコロッセオの間を、彼女は微笑みながら逃げ回った。俺は大理石の連なる岸辺の上を、放浪者のように息を切らせて追いかけた。坂道を上りつめて、月桂樹の森のほとりまで来ると、俺はようやく彼女の乱れて重なり合ったヴェールごと、彼女を抱きしめる事が出来た。俺はかすかに、彼女の巨大な肉体を感じ取った。夜明けと子供とは、木立の下に落ちた。

目覚めると、――昼を過ぎていた・・・。


 「メトロポリタン」

藍色の海峡から、オシアンの海へと、葡萄酒に染まったような大空に洗われた、薔薇色やオレンジ色の混ざった砂浜の上に、水晶の交差した大通りが出現したかと思うと、たちまちのうちに早朝市場で生活を立てた、若く貧しい家族らに占拠される。豊穣なるものは一つもない。――都市だ!
瀝青の砂漠から、喪に服した大洋へと、この上なく不吉な黒煙を身にまとい、歪んでは後退し、または降下する空。帯状におぞましくも広がる霧を連れ、兜、車輪、船、馬の尻が、一直線に疾走する。――戦闘だ!
頭を上げろ。あの木造のアーチ橋。サマリヤの最後の菜園。寒い夜、打ちひしがれる灯火に浮かぶ、色とりどりの仮面達。川底には、堅いドレスでわざと音を立てる愚かなオンディーヌ。グリーンピースの畑に、光り輝く頭蓋骨。様々な幻想的光景。――田園だ!
街道沿いの鉄格子や、壁から溢れ出る木立。それに、「真心」とか、「妹」などと名付けられそうな、残酷たる花々。途方に暮れるほど長い、ダマスクローズ。ここは、ライン川の彼方や、ジャポン、グアラニで財を成した、童話に出てくるような貴族達の土地であり、民俗音楽を奏でるのに相応しい場所だ。そして、永久に閉まっているホテルがあり、そこには王女達がいて、さらに、君が疲れきっていなければ、星々の研究もできる。――空だ!
君と<彼女>が、雪の結晶や、緑の唇、氷塊、黒き旗と青い光線、極地の太陽と真紅の香りの中、もがき苦しみ、戦い抜いた朝。――お前の力。


 「H」   (ほとんど小林秀雄訳によるもの) (解説有り)

あらゆる非道が、オルタンスの残虐な姿態を暴く。彼女の孤独は愛情の機械学、その倦怠は恋愛の力学だ。
幼年時の監視下に、幾多の世紀を越えて、彼女は諸々の人種の熱烈な衛生学であった。
その扉は悲惨に向かって開かれ、この世の人間共の道徳は、彼女の情熱か行動の裡に解体を行う。
血だらけになった土の上に、清澄な水素による、まだ、汚れを知らぬ様々な愛の恐ろしい戦慄。
オルタンスを捜せ。





トップページへ